正月の遊び、凧揚げ、羽根つき等は、今やコンピューターゲームに変貌

羽根つき

 正月にする羽子板で羽つきと言う優雅な遊びがある。それも着物姿で ひとめ ふため とか2人で数えながら打ち合うのだから時間がゆっくりと流れていた。
 今や、昭和の風景になってしまったが、子どもたちは、原っぱで空に向かって糸を操り凧揚げして楽しんだ。 走り回って風に上手に乗せて天高くグングン揚がれば気分は最高!だった。
 近所の子供たちには、遊びを通じてつながり合うものがあった。いつの間にか正月の風景が変化してしまった。
 子どもたちの数は減り、これまでの遊び場だった原っぱは消え、遊べる道路も減ってしまった。
 室内では双六があり、花札、トランプゲームそして福笑いという遊びがあった。優雅なゲームといえば百人一首のカルタ取りがあった。

凧揚げ

 トランプゲームでいつも負けて泣いたこともあり、福笑いでは、腹を抱えて笑ったこともあった。

 百人一首などは和歌を読んでいるので、日本の文化の遊びといえる。
 社会の移り変わりで、子どもたちのゲームはコンピュータを使ったものになり時代を感じる。より高度になったが寂しさもひとしおである。

 

 近ごろは、正月の遊びがすっかり変わってしまったようだ。
 第一、正月の遊びとして呼べるものがあるのかどうかも知らない。
 路上や空地で子どもたちが集まり、遊びをする姿を最近は、めっきり減っているようだ。
 凧揚げやコマ廻しなど"昭和の風景"の歴史の一コマになってしまい、今や子ども達はコンピュータゲームを好み、遊んでいる。

 

カルタ取り

 その面白さは、こちらにもよく伝わってくる。昔の遊びと比べてコンピュータゲームは迫力があり、まったくもつて科学的、頭脳的にできている。

 しかし、昔の遊びのように家族ぐるみとか近所の子どもたちと一緒に遊ぶといった広がりの点は、あまりないようだ。

 

 こうして子どもたちの遊びの世界をみても、社会の動きと同じような変化の激しさを感じる。
 近所の子どもたちの遊びの声が聞こえなくなるのは、たいへんさびしいものがある。
 近所が騒々しいのも困るが、火が消えたように静かなものも何だかさびしい気がする。

 

羽根つきの羽   コマ回し